東南海地震についてその1

東南海地震についてその1

東南海地震、みなさんはご存知でしょうか。

 

日本はとっても地震が多い国です。

 

あちらこちらで地震が起きていて、それには周期があると言われているものが多いです。

 

そのひとつに、東南海地震があります。

 

 

この地震は紀伊半島沖から、遠州灘の海域で周期的に発生している海溝型地震のことです。

 

地震の規模は、毎回マグニチュード8.0前後と言われている、巨大地震なのです。

 

この地震は周期がだいたい100年から150年程度で発生しています。

 

周期はこの時期だと確定できないのですから、近い将来、出来る地震というしかありません。

 

 

最先端もので、1944年12月に、紀伊半島南東沖が震源として、地震が発生しました。

 

これは、昭和東南海地震と呼ばれています。

 

当時、この地震で、遠州灘沿岸から紀伊半島にかけて、被害が集中し、このことで、「東南海地震」と呼ばれるようになりました。

 

今では、過去に発生した、この地域の地震にも、すべて東南海地震と叫ぶようになりました。

 

東海地震と南海地震では、発生がすぐであっても、時期がほど近いなど連動するケースもあります。

 

ですが、震源域が違っているので、別の地震として分けられています。

 

 

1944年に発生した東南海地震は、別名で昭和東南海地震と呼ばれています。

 

1944年12月7日の13時35分に発生しました。

 

このときの震央は熊野灘沖でした。

 

震源の深さはおおよそ40キロメートル、規模はML7.9という大きさでした。

 

 

 

東南海地震についてその2

最大震度は、御前崎、津周辺で震度6の強さ、この地震で発生した津波は8メートルから10メートルでした。

 

この地震の種類は海溝型地震であり、逆断層型です。

 

そうして、この地震が及ぼした被害ですが、死傷者数、行方不明合わせて1223人でした。

 

 

この巨大地震、昭和東南海地震は、1945年の敗戦前後に発生し、4年続いて死者の数が1000名を超えた4大地震のひとつです。

 

当時の4大地震とは、他に鳥取地震、三河地震、南海地震でした。

 

死者が1000名を超える巨大地震だと言われていますが、このころ、日本の軍部の情報統制によって、規則正しい情報が改竄されている可能性もあります。

 

それに、記録も消滅していることもあり、被害の正確な数などが、把握しにくいといわれています。

 

今でこそ、厳密に震度や被害者数など、その地震の規模が記録されていますが、当時の被害を、今、正確に掴むことは難しいでしょう。

 

記録損失は仕方無いも、軍部の情報統制により情報があいまい、または、抹消されているのですから、記録すら弱いことになってしまいます。

 

 

東南海地震の震動ですが、数安い記録しか存在していません。

 

このときの被災場所だが、三重県津市や、静岡県御前崎市、長野県諏訪市でした。

 

この周辺で震度6の硬い揺れがあり、近畿から中部までに渡り、でかいで震度5を観測しました。

 

震度の数字は5や6が出ていますが、本当はある観測所では、地震の強さが通常の測定範囲を超えていたという話もあります。

 

 

 

東南海地震についてその3

震度計の針が振り切れた観測所もあったようです。

 

このように、当時の東南海地震は、ふさわしい震度、強度を記録しきれていませんでした。

 

 

東南海地震の、震度分布ですが、東海地方より西側は、安政東海地震に類似しています。

 

ですが、駿河湾周辺、また、甲府盆地あたりですと、安政東海地震の方がもって激震でした。

 

離れた北海道も震度1を観測した場所もありました。

 

震度6は、東海地方の御前崎市、津市で、震度5は北陸地方の福井市、敦賀市、甲信地方の甲府市、東海地方の浜松市、亀山市、尾鷲市、岐阜市、名古屋市でした。

 

それに、近畿地方の彦根市、奈良市です。

 

関東地方それでも震度4を観測し、前橋市、秩父市、そうしたら、都内千代田区、横浜市なども揺れがありました。

 

北陸地方けれども震度4を観測したのは、上越市、富山市、輪島市で、同じく甲信地方の富士河口湖町、松本市、飯田市、東海地方の熱海市、高山市、近畿地方の宮津市、京都市、大阪市、神戸市、和歌山市でした。

 

四国地方の徳島市、高松市、そしたら、多度津町、松山市、また、室戸市、高知市も震度4の揺れがありました。

 

 

この地震の影響で東海市の太田川付近では堤が地割れしました。

 

そうして2メートルほど沈下しています。

 

渥美半島も0.3メートルから0.4メートルの沈下がありました。

 

そうして、浜松東部では0.2メートルの沈下でした。

 

反対に、掛川では0.07メートルの隆起、そして、相良港では0.3メートルの隆起でした。

 

また、御前崎も0.15メートルの隆起が確認されています。

 

このように東南海地震では、北西側は沈降し、南東側は隆起したことで安政東海地震と同じようですが、東南海地震の地殻変動の幅はそれよりも小さかったと記録されています。

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